ポジターノのサンタマリアアッスンタ教会by www.capriblue.com

サンタマリアアッスンタ教会

Chiesa di Santa Maria Assunta

アマルフィ海岸 ポジターノ教会

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  • 詳細情報

    サンタマリア・アッスンタ教会
    Chiesa di Santa Maria Assunta

    - 地中海の青を映し輝くクーポラ -


     青い地中海と色鮮やかな街を背景にして輝く、マヨルカ焼のタイルの印象的なクーポラ。地理的にも歴史的にもこの教会はポジターノの街の中心である。

     教会の歴史は、ベネディクト会のサンタマリアとサンヴィート修道院(Abazzia di Santa Maria e San Vito)と密接な関係がある。詳細の記録は残されていないが、ローマ時代の邸宅(Villa Romana)のあった、海に面した場所に、今も教会に残されている聖母子像に由来する修道院が10世紀後半に建設されたと考えられる。歴史に残る最初の記録は、11世紀末ソレント(Sorrento)のセルジョ修道院のマンソーネ師(Duca Mansone)がポジターノのサンタマリア修道院宛に、自領の海域での航海を認める内容を記したものであった。修道院は特権を得て繁栄していたが、15世紀中ごろチレントの海賊の襲撃と略奪から逃れるためか、修道院長アントニオ・アチャパッチャ(Antonio Acciappaccia)と僧たちは修道院を放棄した。

     それから数年を経て、後にアマルフィ(Amalfi)の大司教となるニコラ・ミロバッリ(Nicola Miroballi)が修道院長に選ばれて以降、フェデリコ・ボロメオ(Federico Borromeo)や、ローマ教皇ベネディクト13世(Papa Benedetto XIII)を襲名した枢機卿ヴィンチェンツォ・マリア・オルシーニ(Vincenzo Maria Orsini)などが修道院長に名を連ねている。
     この時期、アマルフィの大司教から復興の提案を受けながらも教会の建物は放置され荒廃が進んだ。

     17世紀初頭にようやく教会建築の徹底した修復が承認された。1777年、最後の修道院長となったリボリオ・マーラ(Liborio Marra)が着手した教会の修復は5年近い歳月を要して1783年8月完成し、聖マリア像に黄金の冠が献上された。

     バジリカ様式の三廊式の内部は、海辺の街らしい明るい採光に映える化粧漆喰と金細工の装飾が美しい。 身廊の天井は大きなドーム型ヴォールトで採光がとられ、5つのアーチを支える角柱をはさんで左右の側廊がある。

     身廊正面の後陣、主祭壇の奥上部に近年修復を終えたビザンチン様式の黒い聖母子像の板絵が掲げられている。ポジターノの地名の由来にまつわる由緒のある作品である。(ポサポサの伝説)黒い肌のどことなく人間味溢れる表情をした聖母マリアと幼子キリストが、黄金色の背景に素朴なタッチで描かれている。近年の研究では、ビザンチンの宗教画風に描かれた13世紀の南イタリアの作者によるものと推定されている。当時の沿岸海域での幅広い文化の交流を彷彿させる作品である。


     主祭壇のすぐ右脇、サンステファノの礼拝堂(Cappella di S.Stefano)には黄金の冠を頂いた18世紀の聖母子の木像が保管されている。(主祭壇前で公開される場合もある。) 穏やかな聖母子の表情と、柔らかな聖衣の表現が美しい。

     後陣の左右に設置された内陣席手前部分のケース内には、右に嘆きのマリア(l'Addolorata)左にミケーレ・トリロッコ(Michele Trillocco)が1798年に制作した 柱上のキリスト(Cristo alla Colonna)像がある。特にキリスト像の肉体描写は一見の価値がある。
     右側翼廊部の割礼の祭壇(Altare della Circoncisione)入り口の上にはファブリツィオ・サンタフェデ(Fabrizio Santafede)1599年作のキリスト割礼図(La Circoncisione)が掛けられている。左側、対象の位置にある秘蹟の礼拝堂(Cappella del SS.Sacramento)上部には十字架を背負ったキリスト(Cristo con la Croce)を描いた16世紀の作品が掲げられていたが、現在は聖具室(sacrestia)に保管されている。

     左の側廊と翼廊の交差部には、サンヴィート修道院に由来すると推定される1506年のレリーフが残されている。左右の側廊には4つづつの小礼拝堂(Cappelle)があり、それぞれに宗教画や彫像が配されている。

     内陣の下に12世紀の建設とされる地下礼拝堂(cripta)があり、内部にはローマ時代のヴィラに由来する円柱が残されている。2004年の修復作業中に戦後の地震で完全に埋没してしまっていたローマ時代のヴィラの遺構が再発見され、2007年までに貴重な出土品が相次いだ。本格的な発掘調査と遺跡博物館の設置が検討、計画されている。

     教会の正面左にカプチン会修道僧が1707年に建てたロマネスク様式の鐘楼(Campanile)がある。
     鐘楼の入口上部に置かれた海の怪物の大理石のレリーフは、もともと教会内部の床装飾に使われていたものであり、その上部には、ヨーロッパに羅針盤(bussola)を導入したポジターノ出身の船乗りフラヴィオ・ジョイア(Flavio Gioia)の栄誉を称える碑があり、教会前の広場(Piazza Flavio Gioia)にもその名がつけられている。

     教会と鐘楼の間の階段を登ると、ポジターノの目抜き、ムリーニ通り(Via dei Mulini)に出る。ローマ時代のヴィラや、10世紀の修道院に思いを馳せながら賑わう小路を歩きたい。


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